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2005年 05月 02日 ( 1 )


2005年 05月 02日

Deep/Spiritual Architecture

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京都にいってまいりました。写真は龍安寺とその石庭。

純粋にディープでスピリチュアルなものを感じました。小難しい事はわかりませんが、たしかに深い何かを感じました。方形の庭にただ石がランダム(のように見える)に並んでいるだけなのに・・・なぜそう感じるのかを読み取ろうとしたのですが、全く分かりませんでした。

よく音楽に関して漠然とディープとかスピリチュアルとかいう言葉をつかいます。実際僕はそういう音楽が好きだったりしますし、やっぱ行き着く所はそういう音楽でしょ?とか思ってたりもします。
(※ちなみに"ディープ”とか”スピリチュアル”という言葉は決して”暗い”とか”宗教的”であるという事ではありません。)

それに対して、ふと気づいてみると建築に対してディープとかスピリチュアルということばは使わない。当たり前ですが、しかしそれに似た表現も見当たりません。というか多分、禁句。建築においてそんな評価軸は存在しないのでしょう。
それはきっと近代以降の資本にもとずく機能主義やらモダニズムやらうんたらかんたらでそんな抽象的な概念は排除されてしまったのだとおもいますが・・・・。

きっと最近(←っていうか結構前から)僕が建築のデザイン自体にあまり興味を示さなくなったのもこの辺が理由なのかなとか自問自答しています。たしかにデザインがかっこいいとかクールとか空間がおもしろいとか理論がヤバいとか新しいといった建築は沢山あるんでしょうが・・・。結局それ以上でないというか・・・。

昔の寺社でなくても現代建築にも空間として「深いなにか」を感じる建築ってないのでしょうかね。

そういえば先日(25日)にメディアテークでやった建築のレクチャーで、オーシャンノースというEUの建築家が、”人は自然や動植物をみて心を動かされたりしますが、建築もコンピューターを駆使して生物や植物のような複雑さを獲得する事で人に「affection(感情をゆさぶるもの)」を与える事が可能となる”とかいっていましたが、そのときは、現代の機能主義的な文脈から考えて、感動とかってなに言っちゃってんの??とかおもいましたが、龍安寺をみた後思い返してみると、コンピューターとか複雑さとか手法的なことうんぬんは抜きにしても、彼の目指している、人に「affection」を与える建築というのもわからないでもないなぁとおもったりします。

ディープでスピリチュアルな現代建築。そんなものあるのか分かりませんが自分なりに探して、考えてみようと思います。
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by ktj518 | 2005-05-02 00:03 | architecture/art